会長の背中には、麒麟の刺青が入ってある。
彼の背筋の発達した、盛り上がった背にある画の鮮やかさに、わたしは目を細めた。


「その、刺青……」
「……これか」
わたしの裸の背を、会長の大きな手が撫でている。ときどき、指が触れた箇所によって、息が乱れてしまう。……体がすっかり、のぼせあがっている。


「こわいか?」
「いいえ。……ですが会長は本当に、その筋の方なんだと思いました」
「……それに抱かれた気分はどうだ」
「……死んでしまいそうです」
「……」


つううっ、と指で背骨をなぞったあと、会長はわたしの肩を掴んで、仰向けにさせる。人形のようにごろりと上を向いたわたしの体に、彼は跨って、……挿入した。


「んっ……、あ……っ」

「……あ、……ん……っ、はあ、」
「……」


ぎしっ、ぎしっ、ぎしっ、
粗悪なベッドのスプリングが、軋んで激しい音を立てる。
たくさん突かれて、たくさん達して、彼の荒い息と体温に包まれているうちに、
ずっとこうしていて、
と思うようになった。
もっとむさぼりつづけてほしい。
感覚がばかになっていて、ゆっくりにゅう、と出し入れを続けられるだけで、ぶるぶると波がきて達してしまう。体が、ゆでだこのようだ。まだとめどなく、熱い粘液が溢れてくる。
お互いの汗が混じって、重なった皮膚が一体化しているような気がする。


「会長………、わたし……また……っ」
「……、」
「……──っ!」
「……」


ぶるるっ、と背中が反って、脚がぴんと張りあがる。
もう何度目だろう。あと何度来るのだろう……。
震えが収まってから目を開けると、会長の無表情の瞳が真上にあった。
きゃしゃな睫毛が、微かに茶色い。
ぞくり、とした。前にも同じものを見たことがある、あのホテルのスイートで……
……その瞳は、白昼夢をさ迷うものだった……。


「会長」
「……」
「会長!」


わたしを見ながら、どこか遠くに行ってしまった彼の意識を呼び戻そうと、必死に呼びかける。
肩をゆすると、彼は浅くまばたきをして、……ゆっくりわたしに焦点を合わせた。


「……会長、大丈夫ですか……?」
「ああ」
「……」
「すこし、考え事をしていただけだ……」
「……」
「……」


彼は、自嘲するようにくちびるを歪める。
なにか言いかけるわたしを封じ込めるために、再度彼は腰を前後させ始めた。いやなのに、心配していたいのに、意識が遮断されて、もうろうとしながら喘ぎ声が出る。


ぎしっ、ぎしっ、ぎしっ、
継続的に響くベッドの音と、会長のくっと喉を鳴らす息遣いを聴きながら、
どうかずっと、このままでいて、
このままずっと、わたしを抱いていて……
と思った。



「……は、い、」
「俺を愛してるか?」
「……?、……はい」
「……」
「とてもです、とても……です」
「……おまえを失う日が、こわくなるな」


ふっと小さく笑って、会長はすぐに真顔になる。
なんと言えばいいのかわからず、戸惑ってしまう。ただ彼が、わたしの気持を微塵も信じていないことはわかった。……どうしたら信用してもらえるのだろう。どうしたら安心してもらえるのだろう。
「会長、わたし、ほんとうにお慕いしています。心からです」
「……」
「とても好きです、ほんとうです」
「……、わかっている」


(本当、なのに)
きっと、ひとつも伝わっていない。


まえに会長は、“きみは、いざというとき逃げ出すだろう”と言った。
わたしは、たしかに、自分には人殺しや、犯罪に手を汚すことはできないだろうと思った。
だけど、いまは違う。
もう逃げ出さない。


やれと言われたら、わたしはやるだろう。彼のためなら死ぬこともできるだろう。
強くなったようでいて、だけど自分がもう一人では生きていけなくなったようで、とてもこわい。
愛していることを信じてもらえないことも、とても悲しい。
これは、言葉だけや、浅い関係ではわかってもらえないのだ。
だからいまは死ぬほど抱いていてほしい。




ぎしっ、ぎしっ、ぎしっ。
「あ………んっ、んっ…」
……、……


そうしてわたしが本当に死んでしまったら、彼もわたしの気持を思い知ることだろう。






*




翌日、とても気だるい体に鞭打って出社した。
だが、会長に会えなくても、会社がとても楽しい。社会人になってこんなに仕事に集中できたことがなかった。
まるで憑き物が取れたようだ。嫉妬や、焦燥感や、卑屈なものが、心から全部無くなっていた。
これはたぶん、もっとやるべきことが見つかったから。
わたしは仕事を頑張る。自分に出来ることをちゃんとする。そうすることですべて解決できるような気がした。
自信が身に付いたのかもしれない。
この恋が間違いでないという自信が。
「あいたたた……」
体はとても、酷使しすぎたけれど。




会長は体の具合は大丈夫なのかな……
なんて思ったりしたが、
社長が「いましがた電話で、峯会長からどやされた」と言っていたので、いつもどおりバリバリ働いているのだろう。あの会長室で……あの不機嫌そうな顔で。
そんな姿が目に浮かぶようで、微笑んでしまう。


夕方、こもりきりだった仕事部屋から出て、給湯室に向かった。
ランチも取らず熱中していたため、喉が焼けつくように渇いている。あったかいお茶でももらおうと扉を開けると、先輩社員たちがお菓子を広げて休憩を取っているところだった。
彼女たちはわたしに気付いて、お菓子を食べるよう勧めてくれる。
壁には液晶テレビが掛かっていた。


「これ、どうなるのかしらね」
「完成したら有給とって遊びに行きたいわ」
「有給なんて取れないと思うけど」


コップにお茶を注ぎながら、わたしは彼女たちの話を聞き流していた。
テレビでは、若い女性キャスターが、沖縄のリゾート開発計画を報道していた。