さんは、大吾さんとは……」
そこでくちびるを閉ざして、峯さんはわたしを見る。青みがかった白目の、清潔な瞳。
彼の質問の意味を理解して、わたしはうつむく。ワイングラスを取る手が微かに震えたのは、峯さんの容貌にドキリとしたせいなのを否めない。
「わたしと大吾さんはお友だちです」
先に否定して、グラスを傾ける。
さっきまで大吾さんは、わたしのとなりで日本酒を飲みながら、丁寧な箸さばきで旬の魚を食べていた。うっすらと赤く染まった頬、行儀のよい微笑、峯さんやわたしと談笑しながら……そんな姿を思い浮かべる。
峯さんは静かに「そうですか」と言った。
「大吾さんの部下の方は、わたしをあの人の彼女だと思ってるみたいなんですけどね」
「俺もそうかと思っていましたよ」
「全然そんな雰囲気じゃなかったでしょ?」
「ええ。だがあなたが大吾さんにとって大切な方であることは間違いありません」
ふさふさしたラナンキュラスの花瓶ごしに、わたしは峯さんを見た。峯さんは目を伏せて、ナプキンで指を拭っている。
大吾さんの大切な方。そう言われて、大吾さんの周りにいる何人かの顔が脳裏をよぎった。大吾さんには大切な人がたくさんいる。桐生さんとか、真島さんとか、柏木さんとか……その中にわたし自身も入っているように峯さんが見えたなら、すごく嬉しいような、照れ臭いような気持になった。


「教えてください」
「はい?」
「なぜあなたのようなカタギの女が、大吾さんと?」
「ああ……それは」
桐生さんとの出会いや、それから大吾さんと自然と顔見知りになった経緯を、わたしはぺらぺら喋った。そのためには、あまり人に話したことのない部分も話さなければならなかったが、舌はよく回った。
……お酒のせいだ。……お酒を飲みすぎてしまった。
「なるほど」
峯さんは静かに肯き、遠い目をしている。
「よくわかりました。ありがとうございます」
「いえ……」
くら、として、わたしは目を閉じた。目を開けて、何度かまばたきを繰り返す。
「酔ってしまわれたようだ。歩けますか?」
「…………はい」
「すこし休んでいこう」
立ち上がるときよろけて、わたしの頭は峯さんの肩にぶつかった。
その肩は硬くて、岩のようだった。……熱くて、それに、重くて、……


ふしぎな夢を見た。
峯さんの肩を借りて、ホテルの通路を歩いている。ぐるぐると渦巻く視界。場面が飛び飛びになる。リネンの真新しい匂いと、ルームフレグランスの百合の香り。
わたしをベッドに載せて、峯さんはネクタイを片手でぐいっと緩めてから、わたしにのしかかる。
“好きだ”
低い声でささやいたくちびるがわたしの顎にそうっと触れた。
それは苦しくて痛みを伴うけれど、心地よくて──


「目が覚めたか」
目を開けると、視覚よりも先に、コーヒーのいい匂いが鼻腔をくすぐった。峯さんがエスプレッソマシンでコーヒーを用意している。
わたしはベッドに寝ていて、大きな液晶テレビや緞子張りのソファとティーテーブルが見えた。
「よく眠っていたな。シャワーを浴びてくるといい」
「……」
顔を触ると、べたっと脂浮きした感触がした。目の周りはごわごわしている。化粧をしたまま眠ったらしい。ベッドから下りると、自分がバスローブを着ていることに気が付いた。
峯さんはソファに坐って、新聞を開いている。バスローブを羽織った素肌は、薄く水分を纏っている。髪もまだ湿っているのを見ると、彼もシャワーを浴びたところらしい。
スーツじゃわかんなかったけど凄い筋肉質だな、と場違いなことを考えてから、わたしはとぼとぼと浴室に入った。
アメニティがヴェレダとブルガリなところをみると、たいそう立派なホテルなのだろう。自然光のような柔らかい光に全身が目覚めていく。顔を洗いながら、そういえばゆうべお酒を飲んだラウンジはホテルの中だったことを思い出す。そのまま、部屋を取って、それで……なんという失態だろう。
どんな顔をして峯さんを見ればいいのかわからない。それにこんなこと、大吾さんに知られたくない。
重いため息を吐いて、熱いお湯を頭から浴びた。
浴室から出るに出れない気分。


髪を乾かして鏡ごしに化粧を擦り込ませながら、だんだん冷静になることができた。
なぜかバスローブを着ていたけれど……とはいえ、何もなかったのかもしれない。同じ部屋に泊まっただけのこと。酔っていたとはいえ、そこまでわたしも無防備ではないだろう。
とにかく確認しなければ。


意を決して浴室を出ると、峯さんがシャツを羽織り、腕時計を付けている姿が見えた。すこし焼けている重厚な胸筋と腹筋が、開いたシャツの隙間から屈強な姿を覗かせている。彼は腕時計の金属をかちりと鳴らして、そのまま振り返る。
絹のような朝陽を浴びて、頑ななくちびるにやわらかさを浮かべた。


「二日酔いは……大丈夫そうだな」
よかった、って。


手の甲の筋張った皮膚で、わたしの頬をつと撫でる。
呆然としながら彼を見上げると、無機質ないつもの無表情が、光の具合か笑っているように見えた。
見たこともない顔だ。
この人、いつも仏頂面だし……女の人にはどうなるんだろうと、思ったことがある……優しい顔もできるのだ。
わたしが見ることになるとは思わなかったけど。


腕が伸びてきて、そうっと石鹸の香りに抱き寄せられる。冷や汗がにじみ出る。
ああこれは確認するまでもない、と考えていた。