「ふうん。真島さんって言うんだ。あの変なひと」
「あぁ、東城会直系の真島組組長さんだってさ。………好みのタイプだったのか?」
「え〜?アハハ。あーでも見ようによっちゃかっこよかったね。なんかヘヴィメタっぽい。」
「フーン。」
「ねーそういえば話変わるけど谷村くん刑事さんなんでしょ?あのね、ちょっと聞いてほしいんだけどこの前さー」
「ああ。」





「それなら真島さんが知ってるんじゃないかなあ。谷村くんさ、急ぎなら直接訊いてみればどう?」
「真島さんねえ……秋山さん代わりに訊いてきてくださいよ」
「えーべつにいいよ?谷村くん会いたくないの、真島組長に。」
「いや刑事が組長さんに大っぴらに会っちゃまずいでしょ」
「あーそうだよね。アハハ。谷村くん刑事っぽくないから忘れちゃうんだよね。」
「失礼なことサラッと言いますね。そういえばこの間会ったちゃん。あの子秋山さんのこと刑事だと思ってたみたいですよ」
「え?なんで?あの子でしょ、あの白シャツ着てた綺麗めな子。」
「ちょっと天然ボケですからね。」
「えー?ついでに俺のこと好みだって言ってたんじゃないのー?」
「いや、真島さんが好みみたいですよ。残念でしたね」
「え!?………それはまた奇特な……変わった子だ。」
「そうなんですよ、変わった子なんです」
「まあ谷村くんの友だちだからねえ………」
「どういう意味ですか。」





「この映画ですよ、熱いのなんの!どうぞ冴島さん!」
「そうなんか。映画はあんま観いひんのやけどな……秋山がそこまで言うんやったら気になってきたわ」
「愛と仁義が詰まってますから。ヒロインがまた可愛いんですよね〜。親もなく弟妹のために身を売って暮らしてる哀れな娘で、擦れ違いが切なくて……俺、ほんっといつも涙目なっちゃうんすよ。主人公がハードボイルドで、銃撃戦の一番有名なとこがあってね、そこがまた!渋い!」
「ほう、そうなんか」
「ん?そういえばこの主人公の顔ちょっと真島さんに似てるなぁ」
「あぁ?そうかぁ?ようわからんな……」
「真島さんも色男ですからね〜先日も谷村くんのお友だち惚れさせちゃって。その子もこのヒロインによーく似てるな」
「あ?……そ、そうなんか?このヒロインが?そいつが真島に惚れとるて?」
「え?ええ。見れば見るほど、よーく似てますよ」
「…………これ観るわ。貸してくれや秋山」
「どうぞー。感想聞かせてくださいね」





「この映画ごっついよかったで桐生。」
「そうか……知らん映画だな。」
「秋山に借りたんやけどな。桐生も観ろや、いま付けたるわ。この女が最後……思い出しても泣いてまいそうや」
「この女優どこかで見た覚えがある。……ああ、そうか。知人に似ているんだ」
「知人?」
「ああ。たしか中道通りのプロントで働いていた女で………谷村の友人で、………どうしたんだ冴島?そんな顔初めて見たぞ」
「い、いや。その女や。その女ごっつい気の毒な身の上なんやろ。秋山が言うてたわ。弟妹食べさすために身ィ売ってまで健気に働いとるって」
「なに!?そうだったのか……神室町にはよくある話だが……そんなふうには見えなかった。明るく純真な女でな。そんなに苦労していたのか……」
「しかもなんや、真島に惚れとるらしいんや。」
「なんだって?………その過酷な生い立ちでは、たしかに兄さんのような男に惹かれるのかもしれないが。」
「極道の手助けなんか迷惑かもしれんが、話聞いてもうたら、なんや、気がかりでな」
「そうだな……考えてみるか」
「ああ。俺もそれとなく兄弟に訊いてみるわ」





「いらっしゃいませー!あ、桐生さん!お久しぶりですね!先日はどうもでした〜。また皆さんで集まるときはおまけで呼んでくださいね!えっとこちらのお方は?」
「ああ。……久しぶりだな。こちらは冴島さんだ」
「………。よろしく頼むわ」
「あ、冴島さん!先日お噂はかねがね聞いてましたよー。とってもお強いんですよね冴島さん。真島さんと兄弟分の。こちらこそ何卒よろしくお願いいたします。さあ特等席にご案内しますねーこちらへどうぞ。おしぼりです。あ、これサービスです、内緒ですよ?本日のおすすめはナポリ風ピザマルゲリータです!でもほんとのわたしのおすすめはこちら、厚岸産つぶ貝のガーリックバター焼きです!三種類のハーブの風味とオイルに浸して食べるバケットが云々〜」
「……仕事頑張っているな。疲れていないのか?」
「え?あ、体力だけは自信があるんで。アハハ。ちっとも疲れてないですよ??」
「(健気だな……)」
「(ええ子や……)」
「ではメニューお決まりになられましたらこちらのベルでお呼びになってくださいね!」
「ああ。……」
「……」
「真島の兄さんに決まった女はいるのか?」
「そんな話したこともないわ」
「俺も聞いたことがない。……」
「……。なんとかしたりたいが……せやけど余計な世話は俺らには似合わんしな」
……あの女、笑っていたがすこしやつれていたな。やはり無理しているんだろう。」
「真島が世話したったらなんも女一人でそんな抱えこまんでようなるやろ」
「ああ。そうだ。よし、あくまで場を提供するという形で。」
「せやな。無理せんと、自然にやったらええやろ」





「ハーックショイ!!!最近くしゃみ多いなぁ……どいつか俺の噂しとんなァ、あん?電話や。おい。あ〜兄弟かなんや用かァ?ああ?……女ァ?はあ?……谷村、ああ〜あの可愛い顔したデカのアンちゃんかいな。あーなんか女連れとったな。え?あーそやそやそないな名前しとったな……メシ?は?その女と二人で?俺が?ハァアア!?嫌じゃめんどいわボケ!な〜ぁんで俺がそないワケわからん女にメシ奢ったらなあかんねん!あ?いらん言うねん!金やのうて時間の無駄やないかぁ。おまえが奢ったれや、ああ?可哀想?知るかボケェ、ええやんけ自分で稼いで自分で食ってく、それが人の責任やろ?あ?悪徳ソープ?へ〜ようある話やないけ。て……知らんわ!!俺関係ないやろが!!嫌じゃそないな女辛気臭い、よけいメシまずなるわ……ア〜?なにキレてんねん!ちょ……お?……落ち着けや兄弟……あ?なんやて?俺に惚れてる?あの女が?…………。ハァ〜めんどくさ。知らんわ……え?おう。おう。……………そない本気なんか?………ああ。…………………。──しゃぁないな…………わかったわ。ああ。──いっぺん夢見さしたる。ああ。わかったわ。じゃ、決まったらまた連絡くれや」





「はいもしもし。あ。谷村くん?また合コンしようねー。ところでどうしたの?」
ちゃんか、いま大丈夫か?」
「わたし二キロ痩せたんだー。合コンしたい!ワンピースも買ったしいつでも行けるよー。」
「はは。……あのさ。前、真島さんっていただろ?あの眼帯の……」
「ああ。あの眼帯の……蛇の上着の……あのヘヴィメタの変なひとね。アハハ。」
「あのひとが、ちゃんのこと気に入ったらしくて」
「ゲッ!?な。な、なんで???」
「一目ぼれじゃないか。知らないがよっぽど会いたいらしい。」
「え?え〜……?そ、そうなの?一目ぼれ……ふうん。」
「で、こんど食事に行きたいんだとさ。どうする?」
「え!?急だね……また。ふたりきりで?」
「たぶんな。あの感じでは。」
「えー。うーん。でも極道のひとでしょ?こわいよー。」
「一応伝えただけで、俺が断るから無理するなよ」
「えー。んー。どーしよっかなー。一目ぼれねー。ふーん。」
「……。嫌なら断れよ?」
「えー?エヘヘ。食事くらいならまあいっかな?美味しいもの奢ってくれそうだよね!」
「………。」
「しょうがないなぁ。そんなにご所望なら受けて立とう!女は度胸!」
「……ハア。わかった。じゃあ、電話番号教えてもいいよな?」
「うん。いいよ。フレンチかな〜お寿司かな〜焼肉かなあ。あ〜こわ〜。ドキドキしてきた。」
「はいはい。」


*


電話が鳴ったのはその翌日の昼下がりのことだった。
休憩中。バックヤードでブラッドオレンジジュースを飲みながら、いじっていた携帯に突如現れた着信の合図に目を丸くする。
知らない番号だった。下四桁が4649……なにこのふざけた番号。誰だろう?
訝しく思いながら携帯を耳に当てる。


一瞬間があった。声よりも先に、遠くでバイクが走る音が聞こえてきた。どうやら、通話の相手は外にいるらしい。がやがやと響いてくるのは雑踏の混雑の音。たぶん、神室町を歩いているのだ、とわたしは思った。


『あー。自分、……言う子やな?』
すこし息を止めて、わたしは、ゆうべ谷村くんとの会話を思い出してはっとした。
「はい。あの、真島さん、ですか?……」
『おお。』
「あ、お電話ありがとうございます。」
『いや、かまわんで。急ですまんなぁ』
なんだか照れくさくて、笑みが漏れてしまう。このひと、わたしのこと好きなんだ。ふうん。と思うと、あのわけのわからない変なひとの姿を思い浮かべながら、なんとなく打ち解けあった心の糸が繋がっているように思われて。
なんとなく真島さんも照れてるような、ちょっと気を遣っているような、そんな感じが、する。すくなくとも、前回会ったときのような、冷たい感じがしない。
『きょう、自分、仕事か?』
「はい。いま、休憩中です。真島さんは?」
『俺はなぁ、もうしまいや。食事の件やけどな。きょうはどないや?』
「え。きょう……ですか?」
『あぁ。』
あまりに急だったので驚いて、あわあわして髪を触る。電話越しの真島さんにはもちろん見えていないので、声だけでも冷静を務めなければならない。
「えーっと……大丈夫、です。」
『そうか。………ほな、夜七時に劇場前通りで待ち合わせしよか』
「はい。お腹すかせていきますね」
『おお。ようけ食べてや、きょうは。ほなな』
「はい。また後ほど」


ぷち、とボタンを押して通話を終了させる。頭に思い浮かべる真島さんの姿……うんうん。けっこう、かっこよかったな。変な格好してたけど。
あのひとわたしのこと好きなんだ。
へえーそっかー。
にやけるっていうことは、わたし、ほんとにある程度好みだったのかなあ……。
あ、そうだ。登録しておかなくちゃ。字は多分こうだよね?下の名前も、今夜聞いておこう。


着信履歴から登録した“真島さん”の文字に向かって、わたしはにやりとした。
まさか先日ちらっと会ったとき、あのひととこうなるなんて思ってもみなかったなぁ……。
そのとき、メールの受信画面が表示されたため、真島さんの着信履歴が切り換えられてしまった。谷村くんだった。すぐに内容を見てみる。
ちゃん、ピンク通りの悪徳ヤクザに家族を人質にとられてるって本当か?”


「…………は?」
なにわけのわからんことを……。
“そんなことより真島さんと会うんだから大人っぽい格好のほうがいいよね。白いワンピースじゃだめだよね。逆に子どもっぽいほうがいいのかな?どう思う谷村くん。”
送信っと。


心地よい満足感とともに味わうオレンジジュースを楽しんでいた、そのとき。
不意にぞわっと悪寒がして腕を抱いた。
「???」
なに、この、いやな予感は……??