※OF THE ENDのエンディングをネタバレしています。クリア済の方のみどうぞ。
























「真島さん真島さん真島さん」
「なんべん呼ぶねんな」
安心せえ、と真島さんはにやにやしているけれども、これが安心していられようか。
「ギャーア!!真島さーん!!」
「うっさいネエちゃんやのう。よっしゃァ任せんかい!!」
ウボアーと呻きながら寄ってくるゾンビに躊躇なく撃ちっ放していく真島さん。
真島さん自身も怖いけれども、少なくとも今はわたしを守ってくれているので、彼の背中にぴったりとくっ付いて離れることができない。真島さんにくっ付かざるを得ないだなんて不本意極まりないのだけれども。


「きょうはまずまずってとこやなァ」
「…………。もういなくなった?」
「あんたどない弱虫やねん、おっもんなぁ。そないなタマやと嫁の貰い手もないで」
「真島さんのところにはお嫁に行かないから大丈夫。」
「そうかぁ?心配で逆にもらったりたいわ」
両手で頭を覆ってかがんでいたけれども、ゾンビの呻き声が聞こえなくなったことに安心して、ようやく一歩真島さんと距離を取る。
真島さんがなにかしょうもない冗談を言った気がするけれど、聞こえなかったことにしよう。構ってしまったら余計相手を喜ばせてしまうだけだ。
けれども、わたしがそっぽを向いたことで逆に真島さんは嬉しくなったらしい。マシンガンを肩に携えて、ご機嫌にけらけら笑っている。
灰色の顔色をしたゾンビの死骸を避けて通り、廃墟と化した天下一通りを改めて見渡してみる。
倒れたビル、ちかちかと空しく点滅する街灯、もうもうと立ち上る砂塵、なにか燃えるような匂いが、まだこの状況を信じられないでいるわたしの感覚に、情報として飛び込んでくる。


冷静に考えてみれば、膝からがっくりと力が抜けてしまいそうで、わたしは、震える手で真島さんの背中にもつれかかる。
こんなひとでも、わたしの傍にいてくれると言うだけで、なんと有難いことだろう。
「おい弱虫。重たいわぁひとりで歩かれへんのか」
「あ、ごめん。」
ぱっと手をひっこめると、真島さんは、眉間にしわを寄せて、わたしをじろじろと眺めた。
「ふん」
何か言いかけようとしたけれども、途中で気が変わったらしい。何も言わず、わたしのまえをすたすたと歩きはじめる。
……。なんだろう。まあいいけど。


「拳銃ちゃんと持っとけや」
「うん。」
「ちゃぁんと弾の込め方わかっとんやろなぁ?引いただけやったらゾンビは死なん。脇締めて顎引いて狙い定めへんとあかんで」
「うん、わかった。」
「ほんまかいな。このボケ娘は……」
突然思いついたようにわたしの拳銃を取って、廃墟となったビルの看板に一発撃った。バァン、とすごい音がして、あたりに響き渡ったが、真島さんのマシンガンの音で聞き慣れているので驚きはしない。
「おう、せっかくかっこええ二刀流なんや、せめて片方だけでも使いこなせや。あ!おまえ弾入れてへんやないか。なにやっとんのや死んでまうやろアホかボケェ」
「入れ方わかんない。」
「ったく………どないな脳みそしとんねん。自殺願望でもあるんとちゃうか」
貸してみい、と言うので、弾の箱を渡したら、慣れた手つきで弾を入れ始めてくれる。その長い指の動きを見ていたら、疲労感がどっしりと体に圧し掛かってきた。
意識はいつも半分ひらひらと違う方向に漂っている。
ここは、ゾンビがたくさんいて、真島さんがいなければわたしなんかとっくに餌食になっていて。いくらこのひとが助けに来てくれたからといっても、気を引き締めなければならない。あのビルの窓から襲い掛かってくるかもしれない。こうしてぼんやりしているいまも、わたしは恰好の的になっているかもしれない。
けれども、もう半分の意識は、まだ、床にへたり込んでいて、自分が何をすべきなのか、どういう心積もりでいればいいのか、わからなくて、ぼうっとしているのだ。ときどき、振り返って、現在と過去の神室町を比べたりする。あの子や、あの子は、大丈夫だろうかと、友人を心配する。街の外はどうなっているのだろうと考えもする。
そうして、また、ぼうっと、宙を眺めはじめる。
「……わたし、真島さんいなかったら死んでたね」
「まあとっくにゾンビのお仲間になってわしが成仏さしたってたやろな」
「真島さん、ありがとう」
「あぁ?」
「ありがとう真島さんって言ったの」
「はぁ?……ええっちゅうねん」
かちゃんと音を立てて、長い指が最後の一発分を込める。くるりと拳銃を手の中で翻して、わたしにグリップ部分を向けて差し出した。
「ええな?躊躇したらあかんで。相手は人間やない。ゾンビや」
「うん」
「うんて……心配やなあ。あんたほんま死んでまいそうや」
「……うん」
「ま、桐生ちゃんがおるんやったら大丈夫か」
「真島さんは?」
「あ?」
「真島さんは一緒にこれないの?」
わたしがグリップを握って、二秒ほど間をおいてから、真島さんが拳銃から手を離した。しっかり握った手に、ずっしりした重みがかかる。
「わしぁまだこん中におる」
ゲートの外には行かん、と彼は言った。
「なんで?一緒に行こうよ。外でさ、ご飯食べて、ゆっくりしようよ」
「大人の世界にはいろいろあるんや、あんたと違ぉて」
「いつ出てくるの?」
「なんや?待っててくれるんかい」
「うん」
しっかり肯いて見せると、真島さんは、眉をひそめて、少し笑って、すぐに無表情になった。
「ええて……べつに。は桐生ちゃんに安全なとこ連れてってもらえや。ゲートの外もいつゾンビが出てきよるかわからんし危ないで」
「いいよ、拳銃があるから。真島さんのこと待ってる。わたしのことを助けに来てくれたから」
だから、真島さんが安全なとこにきたところを見守りたい、と妙な使命感に駆られている。
拳銃二丁をばっと構えて恰好つけて見せると、真島さんはにやりと笑った。
風がふいに舞い込んだ。真島さんの額に掛かった髪の一筋がさらっと揺れて、あ……、なんだか、このひと、もう会えないのかなぁと思った。
なぜだかわからないけれど。
不敵な笑みが、どことなく寂しそう、に見えたし、まるで気のせいなのかも、しれない。
見たこともないほど疲れた顔をした真島さんは、それでも、大胆な笑みを崩さない。
そうして、いままで見た中で一番、綺麗なひとだな、と思った。


……」
真島さんが、マシンガンを首筋に当てるよう持ち替えて、空いた手でわたしの顔に指を近づけて……そして、やっぱり、触らなかった。
持ち上げた手を引っ込める、彼のその顔に浮かんだのは、苦笑いだった。
「もっといろいろやっといたらよかったわ」
「え……」
「あんたのこともっと可愛がっとったらよかったなぁ思てなぁ」
「なに言ってんの、急に。」
はは、と笑って、シャレになんないから、と言って、真島さんの高いところにある顔を見上げる。
真島さんもへらへら笑っていて、せやなぁ。と眉を寄せた。
「ま、過ぎた話や。そこのゲート開けたる、ちいと待っとけ」
「真島さん、帰って来るでしょ?」
どうして、そんな顔をしているのだろう。
いつもみたいに、わたしの肩を抱いたり。急にひたいにキスして来たり、そうかと思えば、あっさり手を離してしまう、自由奔放さが、いまは感じられない。
どうして、いまになってそんなことを言うのだろう。
まるでもう会えないみたいに。
「お〜なんぼでも帰ってくるでぇ」
「ほんと?」
「ああ」
「ならいいんだけど………全部自衛官のひとに任せとこうよ。無茶したらだめだよ」
「ほんまに能天気な娘や」
くく、と笑った彼が、灰色の瞳を瞬かせる。美しい顔に刻まれた疲労の影が痛々しい。高すぎる鼻筋の向こうにある右目。痩せこけた白い頬。けれども口元だけは、いつもと変わらない、歪んだ皮肉のような笑み。
なぜこうも気にかかるのだろう、とわたしは思った。真島さん。どうしていつも、二人きりになったとたんに付き離そうとするのだろう。いまもそうだ。まるで、わたしが、もっと一緒にいたいと思い始めた瞬間を見計らっているかのようなほど、切ないタイミングで。


よう。元気でな」
ガチャン、と重い錠を開けて、後は押すだけで簡単にゲートは開く。真島さんは、屈んで開錠していた体を起こして、すっくと立ち上がる。背の高い彼の影が、途端にわたしを頭上から覆う。
「真島さんもね」
いつのまにか、わたしは自分のくちびるが強張って、微かに震えていることに気付いた。
叫びだしたい衝動に駆られる。真島さん。その端正な顔立ちに浮かべられた、いつもよりもずっとこわい笑顔が、もう見えなくなってしまいそうで。もう会えないのではないかと思ってしまって。
真島さん。
「わがまませんで桐生ちゃんの言うことちゃんと聞くんやで」
「………真島さん、やっぱり一緒に来れないの?」
「ハッ、なにを言うてんねや。いーっつも近寄んなぁ〜て騒ぎよるくせに。寂しがりやなぁ」
「………ふざけないでよ、いま、心配してんだから。」
に心配してもらう必要なんてあらへん」
肩に掛けたマシンガンに頬を載せて、ふざけた笑顔で、真島さんがわたしの肩を叩く。それが、服の上で、彼の手袋をした手で、皮膚と皮膚が接触していないにもかかわらず、わたしは、とても切なくなった。人恋しい、心が痩せ細った感じがした。そうだ。彼の言うとおり、わたしは寂しがっているのだろう。
このまま、一緒にゲートを出て、安全なところで、お互いの顔を見ながらお茶でもできれば……どんなにいいだろう、そうしてそのまま、一緒に東京を出て、安全で、のどかな場所に逃げることができれば……。
しかし、それは、何一つとして叶わない。真島さんは、このような状況下で、真っ先に危険の中心に飛び込んで行ってしまうひとで、わたしは戦うすべを持たないし、安全でのどかな場所なんて存在しないのかもしれないし。助けられて、何もできず、足手まといになって、桐生さんに保護してもらって、そして……このまま、会えなくなったら、どうしよう。
わたしになにができるのだろう。なにひとつないかもしれないけど、考えたら、なにかあるのではないか。
それでもやっぱり、なにもないのだろうけど。


はたまに優しなるんやな」
にい、と頬を吊り上げて、不気味な顔で真島さんが笑う。
抑揚のあるおどけた声。明らかに疲れた顔をしているのに、真島さんはいつもの真島さんだった。疲労感が、彼の精神に影響を及ぼすことはなかった。それなのに、どうしてこんなに、寂しくなるのか……。
「さては……わしに惚れとんのやろ、ええ?」
「………。いっつも茶化すんだね。」
「ほれ見い!図星やろ?」
「バーカ!もういい。ずっとこっちにいちゃえばいいよ」
「ヒッヒッヒ。そやなぁ?それもアリやな。こっちはオモロいもんがいっぱいいてるしなぁ」
ぐうっと上半身を伸ばして、後ろを振り返りながら、真島さんが言う。
曇った空の下で不健康な肌がさらに青白く見えて、同じ血の通った人間とは思えなかった。


「……やっぱりだめだよ!一緒に行こうよ、真島さん!」
胸が震えて、感情に任せて口を開いたら、思ったよりも弱々しい掠れた声が出た。
「そらぁ無理や」
低い声に顔を上げる。瞳を見るのがこわかった。暗い瞳が、わたしにはとてもこわかった。
いつもと同じなのに、なにかが違うから。
「なんで?」
「やらなあかんことが多すぎる」
「………行かないで。」
喉の奥で声が引っかかって、うまく言えないし、舌もまわらない。それでも思っていることを伝えるのは、とても勇気が必要なことだった。


「ん〜?聞こえへんわあ」
「行かないで。お願い。」
真島さんは意地悪だし。
くつくつと笑い声が聞こえる。必死の形相をしたわたしはさぞかし面白いだろう、と思うと腹が立つけれども、素直に伝えたら聞き入れてくれるのではないかと淡い期待を抱いてしまう。
そんなわけないのに。
「おまえにそう言われただけで満腹や」


さっき引っ込めた指が伸びて、わたしの頬に、今度こそ触れた。
ひやりとするやわらかい革の感触。つうっと滑って、手のひらが頬をすっぽりと覆い、指がわたしの眉尻を微かに持ち上げる。
いつもなら、“おまえ”って言われたら腹が立つのに。
心に響かない。真島さんの言葉も、手の感触も、きっと、深く覚えておくことはできない。
しばらくして、いまこの状況を振り返ってみて、思い出すのは、真島さんのこの顔なのかなぁ、とわたしは思った。
どうして、いまになって、そんなふうに笑うのだろう。
いつもどおりの、ちょっと不気味で、口角を吊り上げたふうな、真島さんの顔。
でも、彼の後ろには非日常な鉄のゲートがあって、そこを押して出て行ったら、わたしと真島さんはもう会えなくなるのだと、はっきり示している。


「真島さん……」
「ええな?桐生ちゃんと合流すんのを一番に考えや。当面は避難しとったら生きてられる。そっからのことはわからん。が、まぁ、なんとかなる。」
「真島さん、」
「せやけどあんたあんま運なさそうやしなぁ、どっか他府県にでも身ィ寄せとったほうがええやろなぁ。まあそのへんは桐生ちゃんがうまいことしてくれるやろ」
「真島さん」
「そっからなぁ、ゾンビ騒ぎで悪いことやらかす人でなしが横行しとるから騙されんようにな。カモられんよう身ィ引き締めや」
真島さん。


ふ、と真島さんが笑った。
「泣き虫……」
と一言だけつぶやいて。


「………」
いつのまにかわたしの目には涙が溜まっていて、眉間にもすごく力が入っていた。まばたきをしたら、双眸から大粒の滴がぽとんぽとんと落ちた。
「真島さん……」
「もう行けや。」
「わたし……」
「愛の告白かぁ?かなんなぁ」
「………わたし、」



、と呼んだ真島さんの顔を見上げたら、やっぱり、そこには、いつもの薄笑いを浮かべた彼がいた。
真島さん。
出会ったときから、いつも同じ。
何も変わらない、ニヤニヤ笑って、自由奔放で、気ままで、冗談が好きで、危ないことはもっと好きで、勝手で、わたしにちょっかいばかり出して、でも、いつもどこかに行ってしまう。


だから大嫌いだった。
こっちがその気になったら、必ず、姿を消すから。
こっちが忘れかけたら、また、ぶらっと姿を見せるから。


「大嫌い」
「おおきに嬉しいわァ」


でももう、今度こそ、姿を見せない。
本気になってしまったのに。


真島さんに肩を抱かれ、そのまま、ゲートのほうへ促される。腕の感触。嗅ぎ慣れない、火薬の匂いは硝煙というべきだろうか。それから、真島さんのヘア・トニックのミントの匂いも、すうっと大きく吸い込んだ敏感な嗅覚に届いてくる。
でも、体温は感じられなかった。
真島さん。
一緒に出て行ってくれたら、どんなに、どんなに、どんなにいいだろう。
寸でのところで、わたしは嗚咽しそうだった。喉はひくひくと強張り、胸がつまって、顔はくしゃくしゃで、泣いている。ひっ、ひっ、と息を殺している。
「………、っ、いかない、で」
「なに言うてんのかわからん」
涙で滲む視界にも、真島さんが笑っているのがわかる。
まばたきをして、涙を落とすと、視界は明瞭になったが、どんどんあふれてくる熱い涙が、いつまでたっても次に控えている。
行かないでよ。
でも行ってしまう。わかってる。躊躇ない。このひとに躊躇なんてない。


そ、っと肩を押されて、わたしの体はゲートの外に飛び出した。振り返ると、自衛隊員が二名、信じられない顔でわたしを見つめている。
その背後には、いつもの神室町の風景の日常が広がっているかに思われた。実際には、この隔離のことも含めて、ヘリコプターが無暗に飛んでいたり、不穏な気配に満ちているのであろうが、実際にゾンビの中をくぐってきた後では、なにもかもが活気にみち、賑やかに感じられる。
はっとして、ふたたびゲートに目をやる。


真島さんが、わたしを見ていた。
彼はずっとわたしを見ていたのだ、神室町に戻ってきたことに驚いて、すっかり泣き止んで、きょろきょろと様子をうかがい、平和を感じているわたしの一連の心情の変化を。


「元気でな」
という声が、ぎいと軋むゲートの閉まる音にまぎれて、小さく聞こえた気がした。
真島さんは最後までやっぱり、真島さんらしく、にやりと笑って見せた。
「真島さん!」
ガチャン。


ゲートはすっかり、閉ざされた。
わたしが呆然としていると、後ろから、自衛隊員たちが集まってきて、わたしを取り囲んだ。
「生存者か?」「噛まれていないようだな」「念のためチェックを」
体を揺さぶられているが、なんだか頭に情報が入ってこない。反応できない。眩暈がするし、吐き気もある。


真島さん。
最後までやっぱり不敵に笑っていた。
なに考えているのかなんて、一度もわかったことがないけど、でも。
わたしをゾンビの群れから見つけ出してくれたときだけは、笑っていなかった。
。どこも噛まれてへんか?”
真島さんの眉根を寄せた顔。長い睫毛の、暗い瞳。珍しく真一文字に引き結ばれたくちびる。
あの顔が本心なら、わたし、やっぱり、言えばよかった。
好きですって。
無事に帰ってきてくださいって。
でも言えなかった。
ほんとうの別れになるみたいで、こわかったから。


(言っておけばよかった)
本当の別れでも、しておけば、よかった。

















*






カンカンカンと鉄のぶつかる耳をつんざくような音をたてながら、骨組の補強のため、組員たちが作業している。
安全メットをかぶった真島さんが、何度か大声で彼らに指示を出したりしていたが、わたしの顔を見下ろしたときはいつものにやりと怪しい笑みだった。
「ケッケッケ。ほれ見い戻ってきたやろ?」
「…………」
「“行かないで真島さん!一緒にいてよ真島さん!”ヘーヘッヘッヘ!ヒッヒッヒ!ゲラゲラ」
「…………大っ嫌い!!」
憤慨して赤くなるわたしに、文字通り腹を抱えて笑いながら、苦しそうに真島さんが息継ぎしている。
「“真島さん大好き!真島さん一緒に逃げよ!”はぁ、アカン、苦しい、傑作や、恥ずかし、」
「ちょっと偽装工作しないでよ!!そんなこと言ってないでしょ!?」
「そうやったかぁ?いや言うたやろ?」
「言ってません!真島さんの妄想です!」
このままここにいたら血管をぶちぎって憤死してしまいそうだ。怒りにまかせてその場を後にしようとしたら、真島さんの手が、ぐっとわたしの肩を抱き寄せた。


「そういうふうに聞こえたわ」
「…………っ」
低い声にぞっとする。
またいつもと同じ顔で笑ってる、と思って見上げたのに、
いまは笑ってない。静かな、きれいな顔をしてるから、ずるい。
そんな顔するなんて。
ずるいし、最低だ。
女たらし。でも、女の人に興味なさそうだけど。なぜか、わたしにだけ、ちょっかいかけてくる。
はぁ……そういうところも、ずるい。


「なぁ?ほんまのこと言うてみ?」
「……………っ大…………」
「あぁ?なんやて?」
「………」
はい。
大好きです。
とは言いづらい。どうせ冷やかされるのだろうし。


だが、こうして平穏は神室町に訪れた。わたしは日常に戻るし、真島さんも神室ヒルズの建設を期待されている以上の腕前でやり遂げて見せるだろう。


「言ったら、わたしの言うとおりにしてくれるなら、言います」
「なんや。おもろいことやったら、ええで」


「あのね……」
生活も精神状態も神室町も、なにもかも元に戻った。
戻したくないのは、ひとつだけ。


こんどこそは、ずっと、
わたしと一緒にいてね。


(………とはやっぱり、言いづらいなぁ……。)