ドラコ・マルフォイとわたしが陰でデキているという噂が広まっているらしい……。
けれどありがたいことにハーマイオニーやハリーは“ろくでもないデマ”と判断してくれて、本当じゃないよね?と何度も訊いてくるロンや噂好きのラベンダー、そしてやたらとわたしを目の敵にするパンジー・パーキンソンの防波堤を請け負ってくれた。
それにしてもわたしはグリフィンドールなのに、マルフォイもわたしに喧嘩を売ってくるだけなのに、どうしてこんな噂が出回ったのだろう?
その答はすべてパーキンソンが持っていた。彼女は、魔法史の勉強をするために図書室に向かっていたわたしを後ろから追いかけてきて、泣き出しそうな顔で噛みついてきた。
「マルフォイと噂になってせいぜいいい気持ちでしょうね!どんな気持ちよ!一体どうやったって言うのよ!」
「……あの、話が見えてこないんだけど」
わたしはうんざりして立ち止まった。振り向いたとき、彼女の大きな瞳いっぱいに涙がたまっているのを見て、わたしはぎくりとする。パーキンソンは性格は最悪だけど、顔だけは可愛いのだ。涙は女の武器と言うけれど、パーキンソンを大嫌いなわたしでもくらっとくるほどその効果は絶大だった。わたしも女なのに。
「なによ、なによ。そうやって“わたし何にも知りません”なんて顔して。大嫌い。こんな性悪見たことないわ」
「いやほんとに知らないんだもん。なんでわたしがマルフォイと人目を阻む関係にならなきゃいけないわけ?あいつがわたしのこと何て言ってるか、あんたは身近で聞いてたでしょ?」
そこで廊下のむこうからフレッドとジョージがやってきて、わたしとパーキンソンの組み合わせに口笛を吹いてよこした。あきらかに面白がっている双子のようすに、わたしは苛立ちが隠せない。それにこの場所は図書室へつながる往来の場なのだ。行き過ぎる生徒がみんなわたしとパーキンソンを振り返っていく。
「だってあんたはマルフォイによく突っかかっていくし、好きで好きで仕方がないくせに。それにあの便所のくそゴーストが言ってたわよ、よくあんたとマルフォイのカップルを見かけるって」
わたしが唖然としているあいだに、パーキンソンはよけいヒートアップして、わたしにぐいと近寄った。
「そしたらあっという間だったわね。翌日にはあんたたちはライバル同士の隠れカップルになったってわけよ。ねえ、迷惑だからやめてくれない!?いくらあんたが好きでも、彼はうんざりしてるだけなんだから!」
きっとパーキンソンがマートルに愚痴をいれて、そこからピーブスやいろんなルートで噂が出回ったんだな〜、とわたしは思った。それはホグワーツで最も出回るルートだ。しかもパーキンソンは、わたしがマルフォイと噂になっていることを喜んでいるとでも思っているらしい……馬鹿馬鹿しい!


「あのね、いい加減にしてほしいんだけど、わたしがマルフォイのこと好きなわけないじゃん!」
「証拠はどこにあるの!?まさかマルフォイもあんたを好きだなんて思ってるんじゃないでしょうね!?」
マルフォイがわたしを……?わたしはかっとなった。そんなわけがなかった。
「好きになる要素がゼロなんですけど!?それってあんたがハリーに惚れてるって言われてるのと同じようなもんよ!?」
「あんな腐れ眼鏡とマルフォイを一緒にしないで!!」
そこでくわっとパーキンソンがブチギレてきたので、わたしは思わずたじろいだ。論点が違う!でも、つっこむ元気はもはや費えていた。


「そうそう、がマルフォイを好きなわけないって」
そこでようやくすぐ傍まで辿りついていた双子の片っぽが、まるで自分の相棒にそうするように、わたしの肩をぐいと抱き寄せた。彼からかんしゃく玉の匂いが鼻をくすぐったので、きっとまたしょうもないことをふたりでやってたんだな、と場違いに考えた。
「あら、双子のできそこないどもじゃない。邪魔よ!どこかに消えて!」
「消えるけどそのまえに。はぼくと付き合ってるから、はマルフォイなんか1mmも好きじゃない。OK?」
!?と目を見開くわたしに、片っぽはひたすら無視してパーキンソンに微笑している。もう片っぽは、げらげら笑い出しそうなのを必死にこらえている顔をして、成り行きを見守っていた。
「え……?あ、あんたと?本当なの?」
「本当本当。だからぼくもえらい迷惑でさあ。まるでぼくがマルフォイのお坊ちゃんに劣ってるみたいだろ?だいたいはブロンドが嫌いなんだよ。なあ
「………え?え?う、うん……」
パーキンソンはそこで、ちょっと考えたみたいな顔をして口を噤んだ。
あんた趣味悪いわね。まあいいわ……なんだか馬鹿馬鹿しくなってきちゃった。けどお似合いよ、貧乏ねずみ同士お幸せに」
「そりゃあどうも」
押し黙るわたしに片っぽはまだ微笑している。パーキンソンはため息を吐いて、ふらふらとおぼつかない足取りで行ってしまった。本当に納得したようには見えなかった。実際のところ、馬鹿馬鹿しくなってきちゃった、と言うのが本音だったのだろう。マルフォイもパーキンソンも、みょうに双子に苦手意識を持っているらしいし。
「ジョージなの?フレッドなの?」
「ぼくはジョージだよ、ハニー。それにしても、いいことをすると気持ちがいいな!これで噂も消えてくさ」
見守っていたフレッドは、パーキンソンの姿が消えたのを待ってから、とうとう大きく噴き出した。それに同調してジョージも笑い出す。なんでそんなハイテンションなの……?
「とりあえず……間に入ってくれてありがとう、ジョージ」
「あの手のタイプには同じレベルで応じないと納得してくれないのさ。それにしてもあのこ可愛いなあ!マルフォイは果報もんだな、本人は見るからに不幸そうなガリのイタチちゃんだけど」
「それには深く同調しよう、兄弟よ。可愛くてツンケンしてるってのがまたスリザリン的でいい。それと母さんからパイが届いたけど、も食べにこいよ」
「うん、ありがと、じゃあ夕方談話室でね」
「ああ。じゃあな」


これが3日前の出来事だ。わたしはとぼとぼと図書室に向かい、魔法史の文献を開きながら、一連の出来事に思いをめぐらした。………なんだかややこしいことにならなければいいのだけど。マルフォイはわたしがジョージと付き合っていると聞いて、鼻で笑って“そりゃお似合いだ”なんて言うのだろう。そう思うと胸が痛くなってくる。
実のところパーキンソンの推測は当たっているのだ。わたしはマルフォイが好きなのだから。


それからスリザリンとの関わりはなく、すなわちマルフォイとの接触もないままに、憂鬱に3日が過ぎた。
わたしがジョージと付き合っているという噂が出回るかと思ったが、依然わたしとマルフォイ説のほうが有力のようだ。スリザリンの女子はわたしを白い目で見るし、グリフィンドールの女子はわたしをにやにやしながら小突いてくる。
みんなきっと、わたしがジョージと付き合っているよりも、マルフォイと付き合っているほうが面白いから、その噂を支持するのだろう。周りは高みの見物をしてひそひそあることないことを言い合うことができる。最悪だ。
だいたい、グリフィンドール寮にいて、談話室でわたしとジョージが一緒にいるのを見たことがある人たちは、わたしがジョージと男女の仲にあるなんて到底信じられないに決まっている。双子はああ見えてお兄さん意識が強いので、わたしもハーマイオニーも、ジニーと一緒で、まるで本当の妹のように扱ってくるのだから。
夕方、図書室でふたたび魔法史の文献をぼんやりと読んでいたわたしの隣に、誰かが着席した。
図書室は夕食前と言うこともあってがらんどうなのに、なぜわざわざ隣に?と訝しく隣を見ると、それはなんとマルフォイだった。わたしは目を見開いてフリーズした。

「………!!まままマルフォイ………あんたばかじゃない??早く離れて!余計変な噂に尾ひれがつくでしょ!」
マルフォイはむすっとしたまま、「誰もいないし、ここは出入り口から死角になってるから大丈夫だろ」、語尾に“ばかはおまえだ”とでも付けたげに彼は言った。
マルフォイは腕を組んで背もたれに背をあずけ、わたしの羊皮紙を横目で見たり、本を勝手に開いたり、好きにふるまっているけれど、わたしはまだ衝撃から抜け出せない。
こ、こいつ気でも狂ったのかしら…… ?なんで隣に坐ってくるの?
それに、いつも廊下で、立ったまま口喧嘩をしたことしかないので、横から見るマルフォイと言うのも珍しいことこの上ない。坐っているので目線も近いし。なんだか、柄にもなく照れくさくなってくる。
「なんか用なの!?わたし、あれから仲間に疑われたりしてほんとに困ってるんだけど!あんたも自分の恋人の口の管理しっかりしてよね」
恥ずかしがっているのを知られるわけにはいかない。そうなると、いままで必死に隠してきたのが水の泡だ。わたしは勢いづいて言った。
「それはこっちのセリフだ。なぜぼくがおまえなんかと……はあ……。嘆いても仕方がないが」
恋人、って否定しないんだ、とわたしは思った。パーキンソンはマルフォイの恋人なのだろうか。どっちでもわたしには関係のないことだけど。
「とりあえず解決策考えて。このままなんて我慢できない」
「なんとかしようと画策すればするほど泥沼化すると思う。ここは静観しておくしかないんじゃないか」
「……あんたの恋人にもいちゃもんつけられるし、散々だよ」
もう一度恋人と言ってみる。マルフォイはどこかぼんやりしているような、遠い目をしていた。
「それはご愁傷なことだな」
あ……やっぱり否定しないんだ、ふうん……へえ そう。
なんだか笑いそうになった。なんでわたし、こんな馬鹿なこと言って、自滅してるんだろう。マルフォイがパーキンソンと付き合っていようが、わたしには関係ないことなのに。関係ない。うん、まるでない。
「どんないちゃもんを受け付けたんだ?」
マルフォイの眼はまだ遠くを見ているような感じがする。ひょっとしたら、ちょっと眠いのかもしれない。彼は上体をずらして、偉そうに脚を組んだ。
「……わたしがマルフォイを好きなんでしょって」
わたしは言ってからなんだか恥ずかしくなった。やばい顔が赤いかもしれない。顔を見られないよう、頬杖をついてやり過ごすしかない。
「へえ……。」
「あ、あとマルフォイがわたしのことを好きなんて思ってるでしょ、だって」
彼は身じろいで、わたしの反対側に顔を向ける。わたしもその動作を視界の端で捉えていただけで、マルフォイに顔を向ける勇気がない。まだ顔が赤い気がするから。
マルフォイが浅いため息を吐く。わたしは汗をかいた手を握った。なんだろう、すごく居心地が悪い。このまま出ていってもいいものだろうか?
「たしかにパーキンソンの言う通りだ」
ん?
ふとわたしはマルフォイを見た。彼はもう眠そうな顔をしていなかった。
窓べの席なので、鈍い夕陽がやわらかくマルフォイの横顔に差している。こいつ……ほんとに綺麗な顔、してる。べつに顔で好きになったわけではないのだけれど……。
「たしかにぼくはおまえが好きらしい」
「へえ」
「……」
しかしこいつのいいところなんて容姿だけなのに、顔じゃないところに惚れたなんて、わたし見る目がなさすぎる……。かと言ってどこに惹かれたのかは説明できないけれど。毎日のように言い合いしてて、気づいたら好きになっていたのだ。我ながら情けない。
それにしてもパーキンソンと言いマルフォイと言い、ほんとに顔はいいのに性格に難ありすぎでしょ、そこは比例しとかないと人として…………って
「え?」
わたしがふたたび目を見開いてマルフォイを見ると、マルフォイもわたしを見ていた。
「なんだよ」
マルフォイはむすっとしている。その声にすでにいらいらしている気配が含まれていた。 短気め…… ってそうじゃなくて ……え?
「え」
わたしはもう一度馬鹿みたいに言った。
え、っと…… え? いまなんて……。?
「なんかわたしのこと好きとか言わなかった、いま」
「言ってない」
「………なんだ………聞き間違いか」
「………どっちでもいいだろ!」
「なにほんとに言ったの?!なんで!」
え、ほんとに聞き間違い?幻聴?願望?
「冗談で?」
「……。冗談ならどんなにいいか」
マルフォイが観念して渋々肯く。わたしはぽかんとした。せざるをえなかった、そうするしかなかった。
「わわわわわたしグリフィンドールだよ!?あ……!え……!?アワワ……!!変態なの!?わ、わたしなんかを好きだなんてこの変態!!ふ、普通じゃない!!あんたの大っきらいなグリフィンドールだよ!?」
「うるさい。それに、そんなに好きなわけじゃない」
「………。はぁぁ!?」
わたしは赤くなったり青くなったりした。なんなんだこいつ……!なにがしたいんだ……!!
「ぼくがグリフィンドールのおまえなんぞに夢中になるわけがないだろ。だいたい、趣味がおかしいのはおまえだってそうじゃないか」
「なに!?なんでよ!」
「ウィーズリーのペアの片割れと付き合っているそうじゃないか。正気の沙汰とは思えない」


「………」
わたしは沈黙した。なんて返せばいいのかわからなくて、言葉に詰まってしまったのだ。
「えっと……あのですね、その件につきましては……」
「慰めるつもりか?べつにショックでも何でもないから構ってくれるな。それより……」
「な、なによ、じぶ、じぶんだって、パーキンソンという彼女が……」
「彼女?パーキンソンは恋人ではない」
マルフォイがそこではっきりと断言したので、またわたしは言葉を失った。
だってさっき否定しなかったじゃない、2回も。わたしがさりげなく探りを入れたのに。
でもほっとしたら、目頭がじわりと熱くなる。別に気にしてないけど、と自分に言い聞かせていたのに、パーキンソンと言う存在がとてもわたしの余裕を奪っていたのは否めない。だからいまこんなに、嬉しいんだ。いまになってようやく、はっきりと認めてしまったけれど。
「あ、あの……でも……」
「なんだよ」
「わ、わたしだってジョージとは何でもないんだからね!?」
わたしが身を乗り出してそう言うと、マルフォイはちょっとびっくりしたみたいな顔で、まじまじわたしを凝視した。
し、しまった……勢いに乗りすぎてしまった。は、恥ずかしい。
「だ、だからべつに、付き合ってるとか、あれはパーキンソンを黙らせるためにとっさにジョージがついてくれた嘘で、他意はなくて……」
なに言ってるんだろう、わたし……とにかくしゃべり続けてないといけない気がした。なにか言わなきゃ!でも言葉が出てこない。なんかうまい言葉があるはずなのに、えっと……
背中に汗が伝うのを感じながら、わたしはおどおどと、マルフォイを見た。マルフォイはびっくりしたままわたしを見つめている。彼も、さっきわたしがそうだったように、フリーズでも起こしているのかもしれない。
「だから、……わ……わたしも好きなんだけど………マルフォイのこと」
わたしは言い終えてから、ギャーといいたくなって口をふさいだ。な、なにを言ってるの!?そうじゃないでしょ!!クールに!!クールになってよ!!
「じゃあそういうことで!!またね!!」
わたしは本と羊皮紙を急いで掻き集めて逃げ出した。猛スピードで図書室を飛び出すとき、スリザリンの女子が「あれじゃない。マルフォイもいるし」と言っているのが聞こえた。ああ、どうしよう、噂がまた増長してしまうかも……そうじゃなくて、もうそんなのどうでもいい!どうして好きだなんて言ってしまったの!?
マルフォイはびっくりしたまんまなんだろうなあ……変に思ったろうなあ……
わたしは半泣きで、真っ赤な顔で廊下を駆け抜ける。
掻き集めたときにくしゃくしゃになってしまった羊皮紙の束と、分厚い魔法史の本がとても重いけれど、足取りは馬鹿みたいに浮かれてしまっている。
うああ……これは、どうしたらいいの……!?