こがね色のシャンパンは、すっかり気が抜けてしまって、わずかなあぶくを時折水面に浮かべるだけだ。クリスタルガラスの杯は私の手の熱でじんわりとぬくまっている。揺らめく水面を覗きこんでいると、かつての私──熱いまなざしで彼を見詰めていたころの私が、まばたきするせつな映りこんだ。

16歳だった彼と私は、よく紅茶の香りがする小さな部屋で、一緒に呪文の練習する日々を重ねていた。彼の声が長い長い呪文をなめらかに唱えると、彼の髪と同じ色のかがやきが杖の先に灯り、部屋のなかはぱっと明るくなった。私は、その瞬間を見ることが、大好きだった。


そう言えば彼はよく言ったっけ──きみのくせが直らないうちは、よい魔女にはなれないだろうって。


私のくせ。初めて彼に指摘されて気付いた、些細だけど、重要なくせは、アクセントにあった。訛ってしまうと、同じ呪文で同じ魔法をつかうことに成功しても、その効果の規模になんらかの格差が出てしまうのだそうだ。たしかに、彼のルーモスはいつも大きくて、私のはペンライトの先ほどにしか満たなかった。そのくせも、今では少しは改善されていると思いたい。必死に直そうと努力したのも、いい思い出だった。今も、新しい呪文を覚えるときは慎重になろうと身構えてしまうが、おかげでくせを自覚できないほどには成長した。


僕の苗字を呼ぶときすら、きみは少し外国訛りの気があるな。


上品な灰色の瞳には、涼しげな青色が入り混じっていた。彼はその目を細めて、私に言った。LをRと発音しているとか、そのような感じのことを。彼は耳がよかったから、他のひとには気付かれないような発音でもちゃんと聞きとれていたのだろう。目をつむって私の呪文の発音を聞く彼の、おだやかな表情が、私は大好きだった。そこ、少し音が違う……そう、それでいい、そこはもうすこし上げて……。思い出せる。彼の声、吐息も、目を伏せながら言った彼の表情も。


どうして、好きだと言えなかったのだろう。どうして、彼のことを一方的にしか見詰めていられなかったのだろう。


彼が私のことを見詰めるとき、私はどうしても目を逸らしてばかりいた。彼が話があると言ったときも、私は、ぎくしゃくして、呪文の練習をしようとしか言えなくて、切なげにため息を吐く彼に背を向けてばかりいた。あと少しの勇気が足りなかっただけで、それ以外の準備はすべて整っていたのに。


もしあのとき、彼の瞳をまっすぐに見詰めかえすことが出来ていたら、そうすれば、私は毎日彼のことを思い出さなくても済んでいたのかしら。こんなふうに。


卒業式の日も、私は彼には言えなかった。彼はもう、そのとき、私にたいして何の感情も持っていないことを知っていたから。あれから2年たち、なにもかも終わってしまったけれど…もし、と考えずにはいられない。離れて、少し大人になって、ようくわかった。こんなに好きだったって。まだ、こんなに、あふれかえりそうなくらい。


熱の篭ったため息を漏らし、私が杯に口付けようとしたとき、白い手が私の手から杯を奪った。

「これ、もう気が抜けてるじゃないか。新しいのを飲めよ」

「もったいないからいいの」

眉を片方だけ持ち上げる、おどけたような表情は変わっていない。

「変わってないな、そういうところ…2年じゃひとはそう変わらないか」

「マルフォイもね」

今度こそ、私、好きですと言おう。きっと言える。息を吸い込んで、彼の瞳を見て。目を逸らさないで。

「ほら、また。僕の苗字をRで発音してる」


だいじょうぶ。Rove youなんて言い間違えたりは、きっとしない。