堂島さんって、なに考えてるのかわからない。
そういえばこのひとと喋ったりすることはいままであまりなかったな、と思いながら、静かにコーヒーを飲んでいる堂島さんの顔に盗み見るような気持で目をやる。
桐生さんと仲間で、東城会の現会長で、……と人から聞いた話と、
寡黙で、話しはじめたらなんだか説明口調で、ちょっと堅苦しい……というのがわたしが実際に会って得た情報。
さっきまでカフェのメニューを眺めていたけど、いまはすこしだけ居心地が悪いのか、単にそういう顔なのか、微かに眉をよせながら、考え事をしているのかぼーっとしているのか、とにかくそういう表情で、じっと坐っている。
蔦に覆われた洋館のカフェ、くしゃくしゃの伝票、コーヒーの香り、赤いクルミ材のテーブルやいすや床、白い壁、梢ごしの若草色の陽だまりが射しこむ窓べの席。
わたしたち、というほどの連帯感があるわけではない、わたしと堂島さん。


すこしだけ気づまりする。無口な男のひとって、なんだかちょっと苦手かも。


(真島さんはやく帰ってきてくんないかなー)




さんは」
(しゃべった。)
真っ直ぐに視線を感じる。顔を上げると、堂島さんが正面からわたしを眺めていた。
「はい」
「お腹空いてませんか。よかったらケーキでも」
「ケーキ。あー、いいですね。でも、いまはべつにいいかなー……」
「そうですか」
「堂島さんは?」
「いえ。自分も結構です」
「そうですか……」


(湿度のある、なめらかな、低い声だな)
このまま無言になるのだろうと感じた予感は当たり、コーヒーの香りに燻製された静寂が、わたしと堂島さんのあいだに漂った。
「………」
「………」
(あ、顔上げた。)
堂島さんは一階へ下る階段に意識を向けているようだ。
平らな額と浮き出た眉弓骨の下で、二重目蓋の瞳が伏せられがちにそちら側を向いている。
むっとしているみたいな顔つきだし、骨格もがっしりしている。眉骨は高く、鼻筋もしっかり通っていて、頬骨や顎まわりに、皮膚の下の骨格の造形を思わせるラインを克明に描いている。
けれどもよく考え事をしているみたいな瞳とか、ゆっくりとした丁寧な口調は、どこか親しみを感じさせるものだった。極道組織の会長さんなのに、変なの。


(目があった!)
わたしの視線はよほど無遠慮なものだったのだろう。片方の眉をゆがめてどこか笑うようにくちびるを持ち上げた堂島さんに、わたしはごまかすために頬笑みかけた。
「あの、このカフェいいですね」
「ええ。坐り心地もいいし、コーヒーも旨い。こうゆっくりできるのは久しぶりすぎて、ずっとこうしていたいくらいだ」
「堂島さん、お忙しいそうですもんね。」
さんも、お仕事が普段お忙しいのでは」
「そうですねー。休みはしっかりもらってるんですけどね」
「ああ……休みの日は何をされているんですか」
「わたしは、だいたい休みの日は遊びに行ってます。堂島さんは?」
「いいですね。さんなら、友人も多そうだ。俺は……。プライベートはほとんど誰かしら仕事上の人間と飲んでるかな」
「真島さんとか?」
「ええ。」
「あんまり休んだ気しなさそ〜……」
「はは。何とも言えないな」
「ふふふ、……」
「……」
「……」


(また静かになっちゃった)
きっと、静けさとか、空気感を楽しむことができるひとなのだ。静寂が苦ではなく。それでいて、賑やかなのも好きなんだろうな。
堂島さん……話してみたら、無表情でも優しそうに見える。あと少しだけ筋肉を上げるだけで、きっと微笑になりそうな感じ。
彼の顔には、そんなふうな影が、絶えず浮かんでいるのだけれども、眉のあたりが厳しいから、表情が相殺されてよくわからないことになっている。わたしが堂島さんというひとをよく知らないというせいもある。しかし彼の持つ穏やかさは、かぐわしいコーヒーの湯気の導きによって、よく伝わってきた。
ゆったりであり、堂々としているでもある、そういう雰囲気が。


「あのう。こう日差しがいいと、なんだかぼーっとなっちゃいますね」
「ん……?」と言いながら彼はすこし眉根を寄せた。わたしの発言は突飛なものに感じられたのだろうか。だが彼は頓着せず、「そうですか……でも、」と続けて言った。


さん、きょうは大人しいんですね。いつもはもっと元気なのに」
堂島さんは真面目な顔でわたしを見ている。わたしは核心をつかれた気がして、なんだかすこし動揺を感じたけれども、つとめて明るく「そんなことないですよ。元気いっぱいです」と笑った。


「なら、いいんですが」
堂島さんの厳しい顔の頬にまろやかな影が浮かぶ。
──それが微笑なのだと気づくまで、たっぷり三秒間見つめてしまった。


「……いつもはほら、ボケ役のひとがいるから。わたし、ツッコミ役なんで」
「あぁ、なるほど。」
「真島さんとかね、ほら、ね」
「ふふ。たしかに。」


(……でも)
たしかに、なんだか、わたし、変かも。
うまく誤魔化せたけど。
いつもならもっとぺらぺら喋れるのに、堂島さんと二人きりになった途端、とても内気になってしまったみたい。
かといって、いまでは切に真島さんの帰還を願っているわけでもない。


(あれ……これってもしかして。)
いや、そんなことはない。たしかに、わたしは堂島さんのこといいひとだなあ、お友だちになれればなあって思ってはいるけれど……。
きっと、堂島さんの雰囲気がそうさせるのだし、わたしは堂島さんを尊敬しているから、彼と相反するであろう自分の自然な性格を、慎ましさや礼節で押し込んでしまおうとしているのだろう。


「なら俺の思い過ごしだったようだ。さんに元気がないと桐生さんもがっかりするだろうから」
「そうですか?喜ぶかもしれませんよ、桐生さん。いつもうるさいやつだって言われてるし」
「はは、いや……桐生さんなりの冗談でしょう。俺も、さんが元気ないと変な気がするくらいです」
「そうですか?」
「ええ。いつも楽しそうなイメージしかなかったので」
「へ……」


なんだかどきっとして。
わたしが緊張して顔を強ばらせると、堂島さんは「?」という顔をして、それですこし眉を持ち上げた。
沈黙はだめだ。堂島さんがまっすぐに見つめるから、押し黙るとループに陥ってしまう。
どうしよう、なんでもいいんだけど。とにかくなにか話を……。
「あの、堂島さん……」


そう言ったとき、階段を上って気だるげな真島さんが戻ってきた。
ずいぶん長いこと電話していたんだなぁと思ったが、たぶん、それにかこつけて外でぶらぶらとしてきたのだろう。
彼のコーヒーはすっかり冷め、元から誰もいなかったように、席はがらんとしている。ガタンと引き寄せ、大股で真島さんが腰を下ろした。


「おかえりなさい」
「おう。桐生ちゃんまだかぁ。なんやえらい面倒事に巻き込まれてんのとちゃうかぁ」
「桐生さんのことですから有り得ますね」
真島さんの声と堂島さんの声を聞きながら、わたしは黙ってコーヒーカップに手を伸ばす。苦く濃い風味が喉に絡みついて、もう冷めてしまった水面にミルクを注ぎ足した。


「桐生ちゃんも絡まれ体質やからな。なぁんであない絡まれんのかわっからんが。うらやましいで」
「絡んでくるほうも、無知なのか気骨があるのか……。まあ、四代目が絡まれているうちは神室町も変わりませんね」
「そうならんくなったらこの町もいよいよ終いや。愛想も尽きてまうわ。……そういやも桐生ちゃんに助けてもろたんが出会いやったか?」


突然話題を振られ、ふたりのやくざの視線がわたしに一度に注がれる。わたしは肯き、事の経緯を簡単に説明した。真島さんはへぇ〜と言い、堂島さんは無言だった。
「ほな桐生ちゃんとそないなええ展開には今後もならへんな。最初は桐生ちゃんの新しい女か思たけどなぁ」
「ないですって。アハハ。桐生さんわたしに興味ないの丸分かりだし」
「まーなぁ。ほないま彼氏おらへんのか」
「桐生さんにもそのうちいい男が見つかるさって言われるんですけどねぇ。」
「せやったら六代目はどや?」
「へっ」


「なっ……!」
ぐっと詰まってコーヒーに噎せだしたのはわたしではなく堂島さんだった。
げほげほと咳き込んで、眉間をぎゅうぎゅうに寄せて苦しんでいる様に、ぽかんとさせられる。


「六代目、のこと“可愛い”て言うてたもんなぁ」
「えっ……そ、そうなんですか?」
「おぉ。な?六代目。」


「真島さん!!その話は……!」
すこし声を強めて堂島さんがそう言う。首を小さく横に一度振り、焦燥を明らかにして真島さんに訴える目は真剣だ。
いつも冷静で、物憂げで、穏やかなのに。


「……勘弁してください」
堂島さんの、赤い耳と微かに血の巡りを思わせる頬を見たら……。


あっ。
(……これは間違いない……)
その瞬間、テーブルのふちに置いていた伝票がひらりと落下したけれど。
ああ、それよりも速く、わたし、ドシンと。
完璧に堂島さんに落ちてしまった、みたい。